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大相撲で、山口組関係者が相撲を観戦していたということで親方二人が処分されたとかいう話がありました。「処分の重さは引退してしまった朝青龍と比較してどうなのよ」とかいう話もありますが…
で、もちろん、暴力団関係者が観戦するというのはいかがなものなのだろうという気もしないではないですが、そもそも現在の大相撲の入りが以前ほどでなくて空席も多いという状況を考えれば、絶対に来させないのは無理なんじゃないの?という気もしないではありません。
基本今の理事会とかは「空席が多い」という言葉には過敏でしょうから、観に来る人なら基本歓迎ということになるでしょうし、下手するとノルマとか課せられているかもしれないので、見に来るよという人に配ってしまうのは仕方ないのでは。
ほとんどの人が見たいというところを優先的に配ったとか、本来お金がいるところをタダで見させたというのなら暴力団の恫喝に屈したとかそういうことになるのでしょうけれど、そのあたりの事情がはっきり分からない限りは「昔のタニマチどうこう」というのもあるのでしょうけれど、興行というのをやる以上仕方ないんじゃないのかという気もしないではありません。
それこそ暴力団と接点があるならダメだというのなら、美空ひばりの歌とか流すなとかいうことになりかねないんじゃないの、ということになるわけで。
望ましいことではないにしても、何だか結果のみで処分を受けさせられて、批判のエサにされている状況というのを見ていると、何だか可哀相な気もしないではありません。PR
NHKが辞任見込みの配信ニュースを出した後に毎日新聞が「辞任しない」というのを出すなど、色々錯綜していたようですが、休養を発表したということで事実上辞任したのだそうで。
まあ、仕方がないと言えば仕方がないところですかね。
去年は確かにAクラスに入る成績は見せましたが、どちらかというと外国人選手とベテラン選手の頑張りが大きかったわけですからね。高田氏がファイターズでGMとして成功を収めて期待された若手選手の育成という面はほとんど機能していないというのが正直なところでした。で、今季はその外国人選手が不調だったため、その部分が表面化してしまったわけと。
デントナとガイエルの打率にはもちろん問題がありますが、調整させる余裕もほとんどない状況の方がもっと問題だということになるわけで。
もっと言ってしまえば、個人的には98年のドラフトでは松坂よりも東出か赤田の指名を希望していて、それは二遊間の高齢化が気になっていたわけですが、その問題は11年経った今も尚続いているわけですからねー。二塁こそ田中浩康が埋めましたが、遊撃はというと今季は藤本に任せるくらいなわけですし。
もちろんそれがチームに問題があるのか、高田監督の資質に問題があったのかについては内部にいないので何とも言えませんが、このままの状態で改善する見込み自体は無さそうで、中途半端なFAを続けられるというのも来る選手の実力は別として長期的にはチーム力ダウンにつながりうるもの。
ということで、辞任そのものは仕方ないところとなるでしょう。
今後指揮をとる小川氏がどのように立て直すのかは定かではありませんが、全体として弱っている感のあるチーム全体をうまく立て直す方向にもっていってほしいものです。
このエントリはフィクションであり、実在の人物・団体とは関係ありません。
「あ~れ~」
ドメネクの塔からジダン爆弾の爆風に巻き込まれ、人魚姫は窓の向こうに飛ばされてしまいました。
「むっ?」
当然、その様子は下にいる妖術師ジョゼとズラタンからも分かりました。
「人魚姫、どうやら失敗したようだな」
「助けに行くのか?」
とズラタンが言った時、
「逃がすものか!」
と占星術師ドメネクがプチコンコルドに乗って飛び出していきました。
「…ということは、塔の中は留守だ」
「そのくらいのことは俺様も分かる」
「ズラタン、貴様はどうする?」
「俺様はドメネクの儀式に興味がある」
「余もそうだ」
2人の中で人魚姫は過去の存在と化してしまいました。早速はしごを持ってよじ上ろうとします。
が、しかし。
「見つけたぞ!」
何と飛び出していったはずのドメネクが戻ってきてしまいました。
「ぬぬ!? この余を出し抜くとは!?」
「星のめぐりが教えてくれたのだよ! ゴールが危ないとな」
「…最近のフランスゴールはいつも危ないような…」
とつぶやくズラタンを無視して、妖術師ジョゼと占星術師ドメネクが向かい合います。
「貴様…あくまで俺の秘術を盗もうとするか」
「余はすべての理論を制覇した。あとは神秘の力を抑えることで、余は全てを超越した存在になる」
「……」
2人は厳しい視線で向かい合います。
「ぐぬぅ。俺様が蚊帳の外に置かれている。というか、この状況では俺様が解説役をしなければならんのか?」
そうだ。
「何てことだ。俺様は最近全くツキがない…コホン。どうやら、2人とも相手の出方が分からないから動けないようだな。それもそうだろう。妖術師ジョゼは妖術化した理論を用い、肩やドメネクは奇跡という神秘を使う。これだけ毛色の違うもの同士になると…先に動いて手の内を見せた方が負けだ」
「それにしてもジョゼの奴め。相変わらず憤然と腕組みをしたままにらみ合っている。何という傲慢な奴だ(お前が言うな)。それでいながら、あわてず騒がずじっくりと相手の隙をうかがう冷静さは嫌らしいくらいだ」
「……5分経過した。まだ動かんな。誰かが割って入るとかそういう展開にならんことには」
「む、その誰かというのは現時点では俺様しかいないではないか」
「だがしかし、俺様はどちらにも加担するつもりはない。妖術師ジョゼのことは好きではないし、ドメネクには何の感情も抱いておらんからな」
「ズラタンよ」
その時、妖術師ジョゼが声をかけました。
「何だ?」
「余に味方せよ」
「馬鹿ぬかせ。俺様は貴様にはコケにされた恨みこそあれ、恩はない。青黒毛のときに俺様が大活躍したのはあくまで俺様のためだ」
「青黒毛は過去の話だ」
「……?」
「余は貴様に、貴様にふさわしい毛皮を用意してやろう!!」
妖術師ジョゼはそういいながら、ふんぞり返りました。するとズラタンの毛皮が輝き始め、気がつくと赤と青の毛はまっ白い毛皮に変わっていました。
「こ、これは?」
「ズラタン! 貴様を役立たず呼ばわりしたバルセロナの鼻を明かすには、我が白い巨人の一員として奴らを倒すことに他ならない! さあ、余とともにマドリードに来るのだ!?」
何と妖術師ジョゼは勝手にズラタンを白い巨人の一味に入れてしまいました。確かにズラタンは巨人だけどね。
そのズラタンは頭を抱えます。
「うおおおおお! 俺様はバルサ毛皮にチェンジしたくて毛皮を変えた! だがしかし、バルサ色の毛皮は俺様には似合わなかった! 俺様は…俺様はァァ!」
「待て! 僕のことはどうなるんだ?」
そこにピケが現れました。
「ずっと一緒だと約束した、あの言葉は嘘だったのかぁ!?」
「そんなこと言ってないし」
それにピケ、君も否定したし(笑)
「そういえばピケ! 貴様、誰が同性愛者か知っているというのなら、俺様に教えるべきだとは思わんのか!?」
「え、そ、それは…」
ピケは言いよどんでおりました。
「それは我々が宣言しよう!」
と、上空から大声がしました。3人?が上を見上げると、怒りの形相に燃える二匹の蟹がおりました。
「やめろ! 言うんじゃない。ガビ!」
ピケが頭を抱えながら叫びます。
「…何か俺様、すごく嫌なことを思い出した気が…」
逃げようとするズラタンをガブリエル・ミリートが素早く掴みます。
「コラ、離せガビ!」
「ククククク、どこへ行く気なんだい? ズラタン」
「そう! 俺達兄弟は前年度6冠王者、イタリア3冠王者となった! この世界に俺達を上回る兄弟はいないというのに、世界は相変わらず俺達兄弟を認めようとしない! 何故俺達兄弟はそろって代表に選ばれないのだ!?」
「そんなことを俺様に言われても困る」
「そしてジョゼ! 俺達をカテゴリーIに分類した貴様を俺は決して許さない!」
「カテゴリーI?」
兄ディエゴ・カテゴリーItaliano(イタリアはダメだbyジョゼ)
弟ガブリエル・カテゴリーInjury(あいつはケガしてるからダメだby白組)
「勝利者はブラジルでもスペインでもない。我ら兄弟でなくてはならないのだ!」
「何か俺のことが無視されてない?」
それはドメネクだから仕方ない。
そして依然として管理人のガンダムX好きというかフロスト兄弟好きは変わらないようです。4年前の伏線が生きるというのはある意味凄い話だが(笑)
ポルトガル、カーボベルデ相手にスコアレスドロー
日本は昨日韓国にコテンパンにやられましたが、ポルトガルはカーボベルデというアフリカでも中堅以下の相手にスコアレスドローという素敵なことをやってしまったのだそうで。
下には下がいるのだ、ということでしょうけれど、カルロス・ケイロスが進退伺をしたのかどうかは定かではありません(笑)
ちなみにアルゼンチンは5点取ったそうで、南アフリカはブルガリア相手にドローだったとか。
進退伺
本気なのかブラックジョークのつもりなのかは分かりませんが(笑えなさはドメネクのものに匹敵するけどね)、この時期だとさすがに後任も迷惑極まりないでしょうし、却下されたのだとか。
途中で下がった中村俊輔が一人ぽつんと座っていて、そこに圭佑が仲間入りするとわざわざ場所を変えて互いにポツンと座っていてお互いコミュニケーションを取る気が全くなさそうな雰囲気。俊輔がそういうキャラだということは以前から分かっていたことですけれど、本田はフェンロでキャプテンをしていただけにちょっと残念なシーンでした。俊輔は以前ならそれなりに要求とかしてましたけど、昨日はそれが皆無で(ま、昨日の出来で人に要求ばかりしていたとあっては総スカンでしょうけれど)、本田も特別そういうことをしているわけでもない。遠藤とか長谷部も別に何かしているわけではないし。
ということで、ピッチ内の修正能力がゼロで、それこそモウリーニョあたりに完璧にお膳立てしてもらわないことには何もできないような状況では、監督やっていて嫌になるのも分からんではないですけどねー。
ピケとズラタンに熱愛疑惑?
話題がないとなると、そういうのまで話題になるとか。
とりあえずピッチ内での行いが批判されているだけマシなのかもね(笑)
ちなみにビジャとフェルナンド・トーレスの疑惑は解消されたのでしょうか?
台北市・故宮博物院。
そこは大いなる古代の文物が眠るという地である。
博物館というと、私はかつて大阪のNHKホールで開かれていたトプカプ美術館貯蔵品を見て震撼した記憶がある。
拳大のルビーやエメラルド、それらの輝きは人の欲望を大いに奮い立たせるものなのであった。コイ・ヌールと呼ばれるダイヤモンドを巡り、血で血を洗う争いが広げられたというが、このようなものを見た暁には強盗がまかり通るのはやむをえないと私は悟らざるを得なかった。
私は朝から故宮に入りついた。入り口近くでは展示品案内のレコーダーの貸し出しが行われている。日本でもよくあるものだ。
しかし、私は日本でもそうであるようにそのような機械には頼らないことにしている。そもそも、全部きちんと見るという保証すらないのだから、そのようなものを持っていても宝の持ち腐れということになりかねない。
順番無視のファンタジスタを規則正しく拝観させようという戦術で縛ることはできないのである。
私は現地時間の8時40分についた。開館は9時からである。ファンタジスタとはいえ、試合開始時刻を早めることはできない。私はしばらく待たざるを得なかった。
その時、歴史は動いた…ではなく、事件が起きた。
入り口近くで待っていると、突如として20人くらいの集団が横合いから突っ込んできた。
まるで夷陵の戦いにおいて劉備の敷いた長蛇陣に奇襲をかける陸遜率いる呉軍のような猛攻である。そして、奇襲を敢行した指揮官は陸遜ではなかったが、呉の地域出身の一団らしいことはうかがえた(上海のツアーの旗を先頭が持っていたので)。
私は戦慄した。ここ台湾にも中国人観光客が凄いという話は聞いていたが噂に勝る代物である。
中に入ると、中国人観光客がより脅威となる。何せ数を頼みに次々割って入ってきて人が鑑賞しようとしているのを妨げてくるのだ。
より恐ろしいのは、相手を蹴散らすのを当然と思っているかのごとく迷いなく入ってくることだ。これにはさすがに頭に来たが、しかし、皆が皆「自分が一番いいポジションにいなければならない」と考えている以上、順番を守ろうという価値観の方がむしろ間違っているといえるのかもしれない。サッカーのセットプレーの際に順番を守っていたのであれば、そのチームはほぼ全ての試合を落とすであろう。
であれば、私も同じ価値観をもって挑まなければならない。そう、このスウェーデン代表の黄色のユニフォームにかけて競り合いに負けるわけにはいかないのだ(一応これは本当。暑いので適当に涼しそうなのを持っていってたまたまそれを着ていた)。

← 熾烈なポジション争いの図(注:さすがにスライディングしているのはいません)
激しいポジション争いを通じて私は悟った。競り合いは体力差ではなく意気込みと準備の差であるのだと。
おそらく、日本のfootballerに足りないのもこれであるのだと。
もし、ボールが回ってきたら、
「次の時代は我々が創る。邪魔者は消すのみだ!」
くらいの意識で常にいるくらいでなければ世界の舞台では勝てない。
そうこう激しい競り合いをしながら私はfootballerとしての進歩を自覚していた。もちろん、私が進化したからといって誰がどう得をするというものでもないが、とにかく進歩した。
白菜や角煮を見終え、私は移動を続ける。
そうこうしている内、陶磁器の展示場所に着いた。適当に見回っているうち、北宋の陶磁器と雍正帝時代の陶磁器のコーナーが並んでいるなど配列に統一性がないような感覚を抱く。
しかし、それは間違いであった。しばらくして説明文を読むと。
「清の陶磁器は康熙帝、雍正帝、乾隆帝の時代に盛期を迎えて嘉慶帝時代以降大衆化が進み、光緒帝時代には衰退した。そうした盛衰を対比しつつ眺めてください」と書かれてある。
なるほど。康熙帝のところから、先ほど見た雍正帝時代の陶磁器は壁こそ離れているとはいえ場所は近い。私は自分の観賞ルートが正規のルートと違っていたのだと気付き、再度見回し、乾隆帝時代のもののコーナーへと向かう。
すると、日本人らしき男女が反対側のルートを歩みながら来ていた。反対、ということはつまり清晩年から嘉慶帝時代から盛期へと回ることになる。
時代に逆行しているので、あまり賢くはないが、気持ちよく回っているので指摘するつもりにもなれなかった。それに変に突っ込みを入れて太祖洪武帝に抹殺されたい気にもならない。
注:元末の群雄の張士誠は元は別の名前だったが、カッコいい名前をつけてほしいと知識人に頼んだらしい。その時、士誠という名前を与えられたが、これは「士は誠に小人なり」という論語から来たものらしく、張士誠を馬鹿にしたものであった。洪武帝はこの逸話を聞いて知識人に反感を抱いて弾圧したとかいう説がある。
従って、私はその日本人二人の様子をさして気に留めなかった。
しかし。
私は絶句した。
何とガイドに率いられた団体客がその日本人二人を追うかのように逆回りのルートを回っていたのである。
「ちょっと待て。仮にもツアーガイドがきちんとしたルートを回らなくてどうする!」
私は叫びたくなった。
しかし、聞いてもらえるとも思えなかったし、逆恨みされてもつまらないのでやはり黙っていた。
およそ2時間少しで観賞を終えた。もちろん、ゆっくり見回ればもう少し時間をかけることはできたが、競り合いなどに疲れてしまったし、たっぷりと芸術を鑑賞する柄でもないので、書画などはザッと見て終わりという性分がそうさせたのであろう。
終わった後、土産を買いに売店に行き、白菜と角煮を買う。
「茹でて食べてくれ」という冗談を言えば面白いだろう。
売店だけでなく書店もあった。中の品物についての本もあるらしい。
だがしかし、日本円換算で15万円はしようかという本を誰が買うのかというのは謎である。